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長崎県土地家屋調査士会

長崎県土地家屋調査士会 広報見聞録

★広報見聞録
2004年11月

親子三代合同事務所誕生

 平成15年度土地家屋調査士試験に伊藤賢一さんが合格、本年8月土地家屋調査士登録をされたことにより、前川哲郎さん(父)、伊藤弘子さん(子)、ご本人(孫)の三代の合同事務所が誕生しました。長崎県内はもとより、全国的にも数少ないことではないでしょうか。そこで我が広報部が取材に伺いました。三氏を簡単に紹介します。
写真

前川哲郎さん

昭和4年生まれ、開業40年近い大ベテランです。相浦地区の測量図はほとんどこの人が書かれたのではないかと思えるほど、この人の測量図を目にします。相浦地区の歴史にも造詣が深く、先輩の話は事ある毎に聞いておくべきだと今回もつくづく思い知らされました。

伊藤弘子さん

昭和?年生まれ、開業17年目。大きなお腹を抱えながら、難関の土地家屋調査士試験を突破したという伝説の持ち主です。

伊藤賢一さん

昭和55年生まれ、長崎会でも最も若い土地家屋調査士の一人で、取材の2日前に登録証を交付された、ホヤホヤの新米です。
左から伊藤弘子さん、前川哲郎さん、伊藤賢一さん
 事務所を移転されて間もない9月16日、佐世保支部、伊藤、前川合同事務所を訪問させていただきました。お取り込み中にもかかわらず、最後まで和やかに取材に応じていただきました。そのときの模様をかいつまんで掲載します。
(広報部※)まず、それぞれ土地家屋調査士を志された動機を伺います。
(父)炭鉱系の仕事をしていましたが、エネルギー革命による閉山、転換を余儀なくされました。知り合いに土地家屋調査士がおり受験、42年の試験に合格。当時の不動産ブームに乗ることができました。当時の相浦出張所管内がメインでした。
(子)父の仕事を子供のころから手伝っていたので、土地家屋調査士へのレールがあったのかもしれません。
(孫)祖父から母への流れがあり、土地家屋調査士にあこがれていました。
(※)三代で土地家屋調査士の仕事をするようになった現在の心境はいかがですか?
(父)ゼロからスタートするより、地盤があるだけ良いのかなと思います。
(子)私は繋ぎ役、息子に継承できればいいと思います。息子を苦しめるところも出てくるかもしれませんね。
(孫)プレッシャーを感じますが、頑張ります。
(※)メリット、デメリットがあればお聞かせください。
(父)設備が整った状態からスタートできるのは恵まれていると思います。測量機械も進歩していますので、昔の図面との関連がちょっと厳しいかもしれませんね。
(※)今後の抱負、アドバイスがあればお願いします。
(父)おかげさまで地元の方々に好感を持っていただいているようです。開発ブームにも乗りましたが、受け継いだ土地を減らさないよう努力してきた結果が現在あるのだと思います。今は国民が認識し、土地家屋調査士の責任も重くなったと感じます。国家試験の状況も変わってきています。古人が築いてきた道を踏み外さないよう歩んでほしいですね。高望みをせず、堅実に、そして後日の憂いが無いよう、必ず自信のある仕事をしていってほしいと思います。
(子)別の苦労をさせたほうがいいのかも知れませんね。今は報酬額の自由化により、基準がなくなり不安もありますが、父が積み重ねてきた信頼を失わないように努力して欲しいです。
(父)昔は、不景気になっても数年辛抱すればよかったですが、今回は不景気が長く続きます。土地家屋調査士は超零細企業ですが、その割には辞める人はいません。若い人も是非頑張って欲しいですね。
(孫)祖父、母から引き継いだお客さんからの信用を失わないよう努力します。
以上がインタビューの内容です。後述の理由から、若干の編集を加えておりますが、お許しください。 お孫さん、息子さんに対する愛情と期待、かたやプレッシャーを感じながらも前向きに努力していこうとする若者の熱意を感じさせていただいた事務所訪問でした。伊藤、前川合同事務所の皆様に改めてお礼申し上げます。

『とんだハプニング』

取材に伺ってすぐ、テープレコーダー(写真左下テーブル上の長方形の物体)をセットした我が部長。なんと再生ボタンのみを押し、同時に押すべき  録音ボタンを押さなかった模様。インタビュー終了後、確認のため巻き戻し、再生するも「サーッ」という音だけが虚しく流れてきたのでした。一同大爆笑。その直後、同行した部員Tの額から冷たい汗が一筋流れたのは言うまでもありません・・・(メモを取っててよかった)

T部長から一言:「申し訳ございません。」
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