火山都市国際会議
島原支部長 中川 忠則
普賢岳噴火から17年が過ぎた。
平成19年11月19日から23日まで、火山都市国際会議が島原復興アリーナで開催された。
34カ国から研究者、防災関係者、約600人が参加され「火山を知る」、「火山と都市」、「火山とともに生きる」の三つのテーマについて基調講演の後、活発な討議がされた。
島原大会の特徴は、参加者に住民が加わった事。住民参加型の会議となった。
1991年6月3日、大火砕流発生、43人死亡。その中には報道関係者や地元の消防団員もいた。
誰も火砕流の知識はなかった。
火砕流の知識さえあったら、市民が火砕流の恐ろしさを共有していたら、惨事は起こらなかったに違いない。 報道関係者や地元の消防団員が犠牲になったことを踏まえ、報道の在り方について討議がなされた。
私もこの会議に参加した。マスコミのおかげで島原市は全国から多額の義援金をいただき、復興できたと考えている。
島原支部会員はお互いに必死に災害と向き合ってきた。生き抜いてきた。
災害に向き合う経験を共有してきたからこそ、お互いが協力しあうのだろう。
平成19年11月19日から23日まで、火山都市国際会議が島原復興アリーナで開催された。
34カ国から研究者、防災関係者、約600人が参加され「火山を知る」、「火山と都市」、「火山とともに生きる」の三つのテーマについて基調講演の後、活発な討議がされた。
島原大会の特徴は、参加者に住民が加わった事。住民参加型の会議となった。
1991年6月3日、大火砕流発生、43人死亡。その中には報道関係者や地元の消防団員もいた。
誰も火砕流の知識はなかった。
火砕流の知識さえあったら、市民が火砕流の恐ろしさを共有していたら、惨事は起こらなかったに違いない。 報道関係者や地元の消防団員が犠牲になったことを踏まえ、報道の在り方について討議がなされた。
私もこの会議に参加した。マスコミのおかげで島原市は全国から多額の義援金をいただき、復興できたと考えている。
島原支部会員はお互いに必死に災害と向き合ってきた。生き抜いてきた。
災害に向き合う経験を共有してきたからこそ、お互いが協力しあうのだろう。
